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東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)13号 判決

一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本件発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

1(一) 成立に争いのない甲第二号証、第四号証によれば、本件明細書には、本件発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。

本件発明は、製図機、線引機等における自動読取装置に関するものであつて(本件明細書第一頁末行、第二頁第一行)、この種の自動読取装置の移動量検出手段としては、案内レールにメインスケールを直接固接し、移動体に設けた光学的検出部により検出する手段が好ましいが、従来使用されていたメインスケールは可撓性のないスチール製やガラス製で、これに剛性のサブスケールや検出部を密着させて検出するものであつたため、高価であるばかりでなく、強度面で損傷のおそれがあり、案内レールが金属製の場合には熱膨張率の差も取付構造及び精度に影響を与える欠点があつた(同第二頁第一〇行ないし第三頁第五行、昭和五九年一一月一二日付け手続補正書第二頁第四行ないし第九行)。

本件発明は、前記可撓性のないガラス製スチール等の欠点を除去するとともに、測定精度を高めることを技術的課題(目的)とし、その解決のために、特許請求の範囲(本願発明の要旨)記載の構成を採用したものである(本件明細書第三頁第六行ないし第一六行、前記手続補正書第二頁第一〇行ないし第一八行、第四頁第一行ないし末行)。

本件発明は、前記構成を採用したことにより、「メインスケールを撓み易い薄い帯鋼等で製作でき、強度的に設計の自由度を拡大できると共に、構造の簡素化が達成される一方、ガイド部材のガイド隙間によつて可撓性のメインスケールの平面性を引張力や摩擦力を及ぼすことなく無理なく維持することができるから、耐久性と検出精度を高めることができ、更にサブスケール及び対をなす光学検出部も近接して設けることができ高い検出精度が得られる等の効果」(前記手続補正書第三頁第四行ないし第二〇行)を奏するものである。

(二) これに対し、成立に争いのない甲第五号証によれば、引用例には、引用例記載のものの技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。

引用例記載のものは、作図装置、測量装置、工作装置等で、図面上に指示する座標値を電気的に読取り表示を行うための装置に関するもの(第一頁右欄第二行ないし第四行)であつて、従来の座標読取装置は、可動片の移動に伴つて生じる光線や接点の断続を検知することは比較的容易であるが、その断続の生じた時の移動方向を検出し、計数器に加算もしくは減算の指令を送る回路が複雑であり、電気的あるいは光学的な方法を用いる場合でもこの方向判別には機械的方法を併用したり光線を断続するスリツト板を二枚用いて位相を検出する等かなり複雑で誤差を生じ易く、特に極めて小さい場所に複数の検出器を取り付けることが困難で精度を悪くする原因となつている(第一頁右欄第五行ないし第二頁左上欄第八行)。

引用例記載のものは、このような欠点を除去し、方向検知にも機械的な方法や複雑な附加機構を必要としない、しかも誤差がなくかつ簡単な構成の座標読取装置を提供することを技術的課題(目的)として(第二頁左上欄第九行ないし第一二行)、その解決のために特許請求の範囲「光源と;該光源から得られる光線を透過させる一定の間隔のスリツト穴を備えた固定尺と;上記スリツト穴を透過する光線を検知する検知器Aと、該検知器Aと上記間隔の整数倍より僅かに正もしくは負方向にずれて配置されて上記スリツト穴を透過する光線を検知する検知器Bと、上記検知器Aと上記間隔の整数倍より僅かに上記正もしくは負方向に対応して負もしくは正方向にずれて配置されて上記スリツト穴を透過する光線を検知する検知器Cとを備え、上記固定尺に沿つて移動することのできる可動片と;上記検知器の検知出力を計数する手段と;上記検知器A、BおよびCの検知出力の相互位相回転方向により上記計数する手段に対し計数方向の情報を与える手段とを備えた座標読取装置」(第一頁左欄第五行ないし末行)との構成を採用したものである。そして、実施例として、第1図(別紙図面(二)参照)に、平面1の横の部分に固定尺4(本件発明の「メインスケール」に相当する。)が取り付けられ、X方向可動片3(本件発明の「移動体」に相当する。)と一体になつた検知器函5(本件発明の「ガイド部材」に相当する。)が固定尺4に沿つて移動するよう構成されており、かつY方向についても同様に可動片3に固定尺4´が取り付けられ、Y方向可動片3´と一体になつた検知器函5´に固定尺4´に沿つて移動するように構成されている座標読取装置が開示されている(第二頁右上欄第一九行ないし左下欄第五行)。第2図(別紙図面(二)参照)に示すように、固定尺4は、ステンレススチール製の薄板であつて、一定の間隔でスリツトが設けられており、また検知器函5は、固定尺4を挟み、固定尺4に密着するように組み立てられ、固定尺4の一方の面に対向する側に、検知器に光線を導くための所定間隔のスリツト穴部(本件発明の「サブスケール」に相当する。)と該穴部に対応する検知器A、B、Cとを設け、その他方の面に対抗する側に光源8を設け(この検知器と光源が本件発明の「移動量検出部」に相当する。)、可動片3がレール6(本件発明の「案内レール」に相当する。)上を移動すると、光源8の光線は固定尺4のスリツトにより断続して検知器A、B、Cに到達し、検知器A、B、Cはこの断続を電気信号に変換し、可動片3の移動距離を知り、それに応じた計数回路で加算又は減算計数を行つて可動片3の座標を読み取るものである(第二頁左下欄第六行ないし右下欄第六行)。

引用例記載のものは、前記の極めて簡単な構成で可動片の移動方向を判別することができ、特にスリツトを設けた固定尺が一個であるため従来装置に比べ経済的であり、また複数個の検知器は固定尺のスリツトの間隔の整数倍だけ任意に離れた位置に配置することができるので、検知器のサイズや配置に対する制限が緩和され工作上極めて好都合となり、この結果容易に精度及び感度の高いものを得ることができる(第三頁左下欄第一行ないし第一〇行)という作用効果を奏する。

2(一) 原告は、本件発明は案内レールに沿つて移動体が移動するとき、メインスケールに対して移動量検知部が偏位して移動する構成であるのに対して、引用例記載のものは案内レールに沿つて移動体(可動片)が移動するとき、固定尺に対して移動量検知部が偏位しない構成である点において相違するのに審決には右相違点を看過した誤りがある旨主張する。

しかしながら、前掲甲第二号証及び第四号証によれば、本件発明の特許請求の範囲には、案内レールに沿つて移動体が移動するとき、メインスケールに対して移動量検知部が偏位して移動する構成は記載されてなく、また本件明細書の発明の詳細な説明及び願書添付図面(別紙図面(一)参照)にもこのような構成についての記載は存しないことが認められる。

原告は、本件発明は、その特許請求の範囲に「メインスケールを僅かの隙間を介して間に挟むガイド隙間を具備し且つガイド隙間内でメインスケールの平面性を維持して移動自在なガイド部材を前記移動体に固設し」と記載されているように、移動体が案内レールに沿つて移動するとき、メインスケールに対してガイド部材がガイド隙間を越えて偏位して接触し、メインスケールをガイドするからガイド部材なのである旨主張する。

しかしながら、前掲甲第二号証及び第四号証によれば、本件明細書の発明の詳細な説明中には、「ガイド部材10はそのガイド隙間14内にメインスケール1を僅かの隙間を介して挟み込んだまま移動することとなるから、メインスケール1の長手方向において撓みが生じたとしても、ガイド隙間14によつて矯正され、少なくともガイド隙間14内においては平面性が維持されることとなる。」(本件明細書第五頁第三行ないし第九行)、「メインスケールを僅かな隙間を間に介して挟むガイド隙間を具備するガイド部材でその平面性を維持する」(前記手続補正書第三頁第九行ないし第一一行)と記載されていることが認められ、右記載によれば、ガイド部材とは、メインスケールが長手方向に撓んだ時ガイド隙間によりメインスケールの平面性を維持するものと解され、メインスケールに対してガイド部材がガイド隙間を越えて偏位して接触し、メインスケールをガイドするからガイド部材なのであるとの原告の主張は本件明細書の記載に基づかない主張であつて採用できない。

また、原告は、引用例記載のものは、固定尺が検知器函及びスリツト穴部と密着するように組み立てられているから、検知器函は固定尺に対して偏位することなく直線的に移動する旨主張するが、ここに「密着する」とは、前記1(二)認定の引用例記載のものの構成と機能からみて、検知器函と固定尺との間にはできるだけ隙間を設けないように両者を接触させて構成することを意味すると理解できるから、このことが原告主張のような本件発明との構成上の相違を生ずる原因となるとは認めることができない。

もつとも、製図機、線引機等において、案内レールに沿つて移動体が移動するとき、メインスケールに対して移動量検知部が偏位することは起き得ることであるが、その原因は製作誤差によるものであり、従来、案内レールは製作上その真直性に相当の誤差が存在し、製作上誤差のある案内レールに沿つて案内される移動体もまた直線性において偏位を生ずることは弁論の全趣旨に徴し明らかであつて、このためにメインスケールに対し移動量検知部が偏位する点では、案内レール(レール)、メインスケール(固定尺)及びガイド部材(検知器函)の基本的な構成において軌を一にする本件発明と引用例記載のものとの間に差異はない。

(二) 次に、原告は、「引用例記載のものにおけるステンレススチール製薄板でできた固定尺もまた本件発明におけるメインスケールと同様に可撓性を有すると解するのが相当である」とした審決の認定は誤りである旨主張する。

しかしながら、前記1(二)認定事実によれば、引用例記載のものにおいて、固定尺は全長にわたつてスリツトを透設するものであるから、固定尺が薄ければ薄いほどスリツトの形成が容易となり、またスリツトの精度が向上することは技術上自明である。また、ステンレススチール製薄板とは通常、厚さ三・〇mm未満のもので、多種の厚さのものがあり、厚さ〇・一mm未満のステンレススチール製薄板も本件出願当時市販されていたことは当事者間に争いがない。

引用例には、固定尺について「固定尺4はステンレススチール製薄板」とのみ記載されていることは前記1(二)認定のとおりであるが、本件出願当時の右技術水準に基づいて当業者が引用例をみた場合、引用例に記載された座標読取装置における精度の向上という技術的課題に即して固定尺の素材である「ステンレススチール製の薄板」に可撓性のある〇・一mm未満のものを選択して採用することは当業者が適宜なし得る程度のことというべきである。

原告は、ステンレススチール製薄板といつても多種多様であり、〇・一mm未満であつても柔軟な可撓性を有するとはいえない、また、引用例記載のものの固定尺は検知器函が密着し、しかも真直性を維持しなければならないから、柔軟性より剛性と強度が求められる旨主張する。

しかしながら、「柔軟な可撓性」における「柔軟な」は可撓性の程度をいうものと理解されるところ、本件発明の特許請求の範囲には「可撓性」のメインスケールとの限定が存するだけであるから、本件発明のメインスケールが柔軟な可撓性のあるものであることを前提として引用例記載のものの固定尺の材質と対比することはできない。そして、成立に争いのない甲第一三号証の一ないし三(「マグローヒル科学技術用語大辞典」株式会社日刊工業新聞社昭和五四年四月三〇日発行)によれば、「可撓性」とは「曲げやすい」ことを意味すると認められるから、弾性変形するものであれば可撓性であることに変りはなく、〇・一mm未満のステンレススチール製薄板が弾性変形することは技術上自明である。また、引用例記載のものにおいて、固定尺としての機能上ある程度の剛性と強度が要求されることは当然のことであるが、そのことは可撓性であつてはならないことを意味するものでなく、その精度の向上のためにできるだけ薄く可撓性のある材質を選択できることは前述のとおりである。したがつて、原告の前記主張は採用できない。

(三) 前記(一)及び(二)において判示したとおり、審決には原告主張の相違点の看過はなく、「結局のところ両者の相違点は本件発明が移動量検知器がメインスケールを僅かな隙間を介して挟み、移動量検知器のサブスケールがメインスケールに密着しないようにするのに対して、引用例記載のものの検知器函及び検知器函のスリツト穴部が固定尺を密着するように挟む点に帰着する」とした審決の認定に誤りはない。

3 原告は、審決が前記相違点に係る構成を採用する本件発明に「格別の効果も認められないから、引用例記載のものに本件発明のごとき構成を採用することに格別の創意工夫を必要としない」と判断したのは誤りである旨主張する。

原告は、その理由として、まず、審決の右判断は、本件発明と引用例記載のものとの前記2(一)(二)の相違点を看過してなされたものであり、その誤りは明らかである旨主張するが、審決に原告主張の相違点の看過の存しないことは前述のとおりであるから、右主張はその前提において既に誤りである。

また、原告は、仮に引用例記載のものにおいて、検知器函に密着する固定尺が可撓性であるとしても、固定尺と検知器函の移動に不整合が存在し、固定尺が疲労破壊したり、振動、騒音、摩耗等を生起し、かつ縁片の損傷によりスリツト間隔を出鱈目にする問題が生じるのに対し、本件発明におけるメインスケールは可撓性の故に案内レールの曲がり等とは無関係に一直線に固定することができ、薄く軽量小型で柔軟でありながら従来の剛性のガラス製メインスケール等と遜色がなく、またスリツトの損傷が生起する問題を解決する作用効果がある旨主張する。

しかしながら、本件発明におけるメインスケールが可撓性の故に奏する作用効果は、引用例記載のものの固定尺の材料として可撓性のあるステンレススチール製薄板を採用した場合に奏する作用効果と差異がない。また、本件明細書に記載された本件発明の技術的課題及び作用効果は前記1(一)認定のとおりであつて、原告主張のようなスリツトの損傷が生起する問題及び作用効果についての記載はなく、かつ本件発明の特許請求の範囲に原告主張の作用効果を達成するために必要な構成が開示されているとはいえないから、この点の作用効果が本件発明の構成から予測できる自明のものとすることもできない。

本件発明の「移動量検知器がメインスケールを僅かな間隔を介して挟み、サブスケールがメインスケールに密着しない」構成を採用したことによる前記1(一)認定の作用効果は、引用例記載のものの「検知器函及び検知器函のスリツト穴部が固定尺を密着するように挟む」構成を採用したことによる前記1(二)認定の作用効果に比して格別顕著なものということはできない。

したがつて、前記相違点についての審決の判断に誤りはない。

4 以上のとおりであるから、審決には原告主張の相違点の看過はなく、また審決の相違点についての判断は正当であつて、本件発明は引用例の記載内容に基づいて当業者が容易に発明できたものというべきであり、審決に原告主張の違法はない。

三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当として棄却する。

〔編注1〕本件発明の要旨は左のとおりである。

線引具、スケール等を案内レールに沿つて移動自在に保持する移動体を前記案内レールに沿つて移動自在に設け、案内レールの長手方向に沿つてスリツトを有する可撓性かつ帯板状のメインスケールを設けるとともに、メインスケールを僅かの隙間を介して間に挟むガイド隙間を具備しかつ該ガイド隙間内でメインスケールの平面性を維持して移動自在なガイド部材を前記移動体に固設し、前記ガイド部材のガイド隙間にメインスケールに密着しないように相対するサブスケールを設けるとともに、メインスケールとサブスケールに相対する位置に一対の発光素子と受光素子とから成る移動量検出部を設け、該移動量検出部の検出信号に基づいて移動体の移動量を自動的に読み取るように構成して成る製図機、線引機等における自動読取装置(別紙図面(一)参照)

〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。

別紙図面(一)

<省略>

別紙図面(二)

<省略>

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